有限会社 三九出版 - 《自由広場》    お遍路さんおいでなして


















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《自由広場》

                   お遍路さんおいでなして
                          田中 富榮(徳島県徳島市) 

 今年の九月末,久し振りに友達と5番札所地蔵寺へお参りにいった。有名ないちょうの大木にはギンナンの実がいっぱい生っていてぱらぱら落ちてくる。静かな境内には若いお遍路さんが1人本堂の石段を下りてくるだけで他には誰もいなかった。 「お遍路さん,どちらからお出でになったのですか?」「東京から来ました」「ご苦労様です。お気をつけて」。すれ違いざまに二言三言話を交わして若いお遍路さんは大師堂の方へいった。私達も五百羅漢をお参りしたり,寺の周囲を散策したりして夕方わが家へ帰ったのである。
 それから2〜3日が過ぎた。
 今年は九月の末になっても夏のような暑さが続いている。私は毎日早起きをして五時過ぎの涼しいうちに朝の散歩を楽しんでいた。その日は17番札所の井戸寺へお参りに出かけた。境内には4〜5人のお遍路さんがいて納経の時間を待っていた。私は何気なくお遍路さんの顔を見てびっくり。「あら! あなたこの間5番札所でお会いしたお遍路さんですねえ。あれから歩いて井戸寺まで来られたのですか」「そうです。納経の時間が朝7時ですから待っているのです」「今6時です,まだ1時間待ち時間がありますよ。私の家はこの近くですから,よかったらコーヒーでも飲みに行きませんか」「コーヒー飲みたいなあ。行きます」ということになり,私はお遍路さんをわが家へご案内したのである。
 彼は野宿をして阿波一国巡りをしているとのこと。朝食も食べていなかったのでパンとコーヒー,サラダを差し上げた。偶然とはいえ彼と二度も出会ったことに「縁」を感じたのである。冷蔵庫にあるものでお昼のお弁当を作り,お接待して彼を見送った。
 もうこれで彼と出会うこともないだろうと思っていたら,また2〜3日して彼から電話がかかってきた。「やっと最後の23番薬王寺を今参り終えました。明日東京へ帰るのですが,今夜田中さんの家で泊めてもらえないでしょうか?」という電話だった。「いいですよ。いらっしゃい」と返事をした。その日は一日中雨が降っていて,まだ5時過ぎなのに外はうす暗い。雨の日の野宿は辛かろうと思った。歩き遍路は体もくたくたに疲れきっているに違いない。無事に歩き終えたお祝いにご馳走を食べさせてあげたい。「あなた,何が食べたい?」「四国だから魚も食べたいし肉も食べたい。7時には田中さんの家に着きます」。思いがけずまた彼と再会することになった。
 わが家は急に善根宿に早変わり。お膳の上には焼き肉の準備ができ,今が旬のアジのさしみ,野菜の和えもの,ビールなどが並んだ。お風呂上がりの彼が夕食を見た途端,大きな声を上げて「うわーご馳走だ!」と叫んだ。ビールをついであげると,ごくごくと一気に飲んで「うまい!」と歓声の連発。すごくうれしそうな顔が今も目に浮かぶ。夕食をぱくぱく食べながら「あの厳しい焼山寺の山を喘ぎ喘ぎ登ったときは,もう二度とこんな苦しい目にあいたくないと思ったが,そのあとでこんな思いもよらないご馳走のお接待に出会えるなんて,お遍路は苦しみばかりではない。このご馳走で苦しみが消えた! プラスマイナス0になった! 僕は遍路にのめり込みますよ!」
 と言ってポロポロと涙をこぼした。野宿しながらの遍路旅の後だけに,ビール,焼き肉,さしみの味が一層身に沁みておいしかったのであろう。その夜は話に花が咲いて,私も昔から彼を知っているような錯覚に陥って会話がはずんだ。
 彼がこれからも歩き遍路を続けると言うので,私の友人のTさんが立ち上げている「東京歩き遍路交流会」を彼に紹介した。四国の遍路道を何回も歩き続けている人達が年4回集まって体験談や遍路に関する情報を交換している場であり,会員みんながすばらしい人達であるとTさんご自慢の会であるから,私は彼にも入会を勧めた。「なぜ歩くのか。多くの人の話を聞き,四国遍路道の刻々と変わってゆく情報を知り,社会勉強をしてあなたのこれからの人生に遍路の体験を役立ててください」と言った。
 間もなく,東京へ帰った彼から「遍路交流会」へ入会したというメールが私に届いた。
 私は今までにも善根宿「とみえ旅館」としてTさんから紹介されたお遍路さんをわが家へお泊めしたことがある。でも今回はまったく知らない人なのに,同じお遍路さんと二度も出会ったことで「ご縁」を感じ,一夜の宿として「とみえ旅館」を提供させて戴いた。人と人のふしぎな出会いを思わないではいられなかった。「Mさんの元気でね。一生懸命働いてまた四国遍路においでなして」。
 「日焼けした遍路の顔に笑みこぼれ」


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