有限会社 三九出版 - 《自由広場》   星と地球の間で


















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                    星と地球の間で
                         島本 龍次郎(千葉市浦安市)

 内藤濯訳の「星の王子さま」を初めて読んだのは,故郷の広島S高校生時代であった。そしてH大学在学中に第二外国語はドイツ語にも拘らず,名優ジェラール・フィリップの吹き込んだ“Le Petit Prince”のLPを広島の丸善で買い込んだ。勿論フランス語のガリマール版の「星の王子さま」も購入した。いつの日にか,原文で「星の王子さま」を読もうという気負いがあった。しかし大学生時代は,フランス語はまったく勉強しないままで終わった。
 大学卒業後,F銀行の広島支店に入行して以来,大阪,ニューヨーク,東京,名古屋,香港,大阪等,10回の転地を重ねてきたが,その間ガリマール版の「星の王子さま」は,本の在庫の中に入って一緒に転居してくれた。しかし残念ながらLPはどこかの空で,星の王子さまの星B-612へ舞い戻ってしまったらしい。
 今から6年前に書友の紹介で名エッセイストの須賀敦子と邂逅し,「遠い朝の本たち」を読んだ。その中にアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(サンテックス)のことを書いた「星と地球の間で」という章があった。当時最先端の職業であった飛行機操縦士のサンテックスは,今の宇宙飛行士ではないが空から地球を眺めることで,<きらめく星と砂漠の時空にひろがる広大な世界>を作り上げたと須賀敦子は書いている。そして彼女は,キーワードとして,王子さまが狐から教えてもらう<アプリヴォワゼ apprivoiser=飼いならす>という言葉を挙げている。狐は王子さまに,<アプリヴォワゼ>とは人間にとって一番大切な<クリエ デ リヤン creer des liens =絆を結ぶ> ということだと教えている。
 これまで出張を含めて4度ほどパリを訪れて,ルーブルやオルセー,オランジュリー,マルモッタン,ジャックマール=アンドレ等の美術館に収められた名画に親しんできて,すっかりパリとフランスが身近になっていた。そうした折にサンテックスと再会したので,一念発起してフランス語を習うことにした。そして5年前に浦安市のM大学オープン・カレッジのフランス語初級の受講を始めて,今も毎週土曜日に通っている。最初は発音と初級会話や文法を習っていたが,昨年からサンテックスの「星の王子さま」を購読している。
 サンテックスと再会してより,「『星の王子さま』の誕生 ― サン=テグジュペリとその生涯」ナタリー・デ・ヴァリエール,「星の王子さま☆学」片木智年,「サン=テグジュペリ伝説の愛」アラン・ヴィルコンドル,「サンテグジュペリの宇宙」畑山博,「『星の王子さま』を哲学する」甲田純生,「『星の王子さま』と聖書」ルドルフ・プロット神父,「星の王子さま最後の飛行」ジャン=ピエール・ド・ヴァレル,「憂い顔の星の王子さま」加藤晴久等の関連本を読んで,更にサンテックスの世界を深く知ることができた。
 上記の本は,例えば三本のバオバブの木は,日独伊の三国枢軸を意味しているとか,六つの星の変わった大人たちで資本主義社会への批判を示しているとか,言葉や記号や数字で表現できないものにこそ意味があることなど,「星の王子さま」を様々な角度から解説したものである。またネット上で見つけたサンテックス関連のページで,更に新たな発見をした。サンテックスは妻となったコンスエロ以外にも,沢山の愛人がいたようであるが,本当の愛人兼パトロンはどうもネリ−・ドゥ・ヴォギュエというワインで有名な大富豪の夫人であったらしい。彼女はヴィシー政権にもナチスにも,そして英米にも顔が利く特殊な人物で,サンテックスは自家用のシムーン機の二度の購入も含めて,多大な財政的支援を彼女から受けていたようである。「星の王子さま」を「聖書」や「資本論」に次ぐ世界的なベスト・セラーに仕立てたのも,ネリーと言われている。しかし,彼女は決してサンテックスの表立った年譜には登場してこない。
 歴史として記録されたものはある歴史的事件の一面であり,その全てを著しているものではないと言われる。いや,今進行している事件でさえも,新聞やテレビの報道はその真実を全て報道しているわけではない。真実というものは,見る人の立ち位置によって様々な様相を見せるものなのであろう。
 文学作品である「星の王子さま」も同様に,読者の立場や主義が違えば各人各様の読み方ができるものであり,より多くの異なる読み方ができる作品ほど,芸術性が高いと言えるのかもしれない。「大切なことはね,目に見えないんだよ。L‘essentiel est invisible pour les yeux.」。この言葉のようにサンテックスが残した言葉は,人間性の本質を捉えており,我々の心を打つものが多い。こうした人間性の本質を捉えた言葉を語り合える心友たちとの<liens =絆>を,大切にしたいと思う。


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